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4月 21 2008
日本酒造組合中央会 淺見副会長の講演の要点 プリント
2008/04/21 月曜日 00:00:00 JST

ユニークな酒情報に識者の関心が集まっている

  1月25日のきき酒師認定式と地酒祭り春の陣については会報などで周知と思うので、ここでは日本酒造組合中央会副会長・淺見敏彦氏の講演の概要をお伝えする。タイトルは「日本酒業界の今後の展望」である。
国酒といっていいその国の酒が漸次減っていることは、フランスのワインやドイツのビールなども例外ではない。ドイツでは80年代には1人当たり156㍑のビールを飲んでいたのが、今や112㍑に減ってしまった。わが国の国酒である日本酒も、最盛期の昭和48年の975万石から現在389石と半分以下。それは製造蔵元の数(別表)でも明らかである。
今の税制において日本酒にかかる税金が高いことについての具体例を挙げて、中央会としては減税を具申している話へと及んだ。これは「民族酒」として特別の国の扱いを願うものでもある。
民族酒、つまり国酒としての認識から、昭和55年に当時の大平総理大臣より「国酒」の揮毫を受けたのをきっかけに、代々の総理大臣から「国酒」の色紙を頂いている話。さらに清酒に使われる麹菌である黄麹(オリゼー群)を「国菌」とすることなど、あくまでも「国」にこだわることに話は進んだ。
それというのも、「ニッポン人には日本が足りない」ということから「国酒」が減るのではないか、それを乾杯という明快なパフォーマンスによって「国酒」の認識をより高めようということでもある。

 自分のルーツはどうなんだろう?というのは誰しも思うことではないだろうか。それは人間に限ったことではない。酒に関心があれば、酒の出来るまで、つまり造りの内容について、原料米から酵母などあらゆる点でその依ってきたるルーツに関心を持って当然だろう。写真にあるのは、よく使われる7号酵母の記念碑で長野県諏訪市の真澄の蔵元にある。発見者である故・山田正一氏によるプレートで、7号酵母が発見された。このようなルーツを酒の各分野で辿っていけば際限がない。
ビールに関していえば、ピルスナータイプの発祥の地、ピルゼンを訪ねたビール党は少なくあるまい。また世界最大のビール祭りであるオクトバーフェストが行なわれるミュンヘン。そこで19世紀の終わりに宮廷のための醸造所として造られたホフブロイハウスで祭りのルーツをしのぶ人も多いのではないか。
世界で初めて酵母の純粋培養が確立されたデンマークのコペンハーゲンのカールスバーグにはその記念物がある。それまでミュンヘンで行なわれていた下面発酵の技術を習得してから帰国したブラウマイスターが、母親が洗濯用に使っていた銅製の桶でそれまでの上面発酵を下面発酵させることに成功した。写真がその桶である。ビール製造に関する教科書には必ず登場するもので、その見学にまで踏み込んでいるなら大したビール党といえるのではないか。




 飲酒運転が社会問題となって以来、厳しいのはいいとしてもいささか過剰なきらいも見られる。良識ある業者は早くから警報を発していたし、飲酒を健康面からも注意していた。このシールは今から20年近くも前に当時の大関の長部文治郎社長(現会長)が自分で描いたラベルで、あちこちに貼ってあった。飲酒運転注意や健康注意はメーカーにとって自社銘柄の直接の販促になるわけではないから、控え気味なのが通例である。それを敢えて前面に出すのは蔵元の良識だろう。
今や蔵開きのシーズンだが、昨年2月に旭川の男山の酒蔵を取材した話はこの欄でも紹介した。なにしろ、たった5時間に1万2000人の入場者がある蔵開きは他に例がない。その入場者全員に180mlの酒を贈呈するのだが、その際には「飲酒運転厳禁」のチラシも渡していた。
蔵開きを最初に言い出したのは日本酒造組合中央会で、30年前のことだ。この蔵元はその時から続けていて、今年で30回目となる。30回もやれば蔵開きのノウハウも心得ているので、足の便はバスを使うように、とアドバイスを繰り返してきた効果もあるようだ。
何よりも飲酒を楽しんでもらう蔵元側の智恵に手抜きがあってはならない。


 サッカーの外国語のチーム名は案外と知られていない。そこで調べてみた。マリノスはスペイン語の船乗り、アントラーズは英語で鹿の角、ガンバとサンフレッチェはいずれもイタリア語で脚と矢だ。ただ一つ、すぐにわかったのはヴェルディで、これはポルトガル語の緑である。
私はポルトガルへは2度行っているが、ビノ・ヴェルディというワインが緑のワインであることを知っていたからだ。ポルトといえば伝統的なポートワインで知られているだけに、ホテルなどへ行くとウェルカムドリンクとしてそれを持ってくる。「まず名産のワインをどうぞ」というわけである。しかし、誇らしげに自慢するわりに地元の人たちはポートワインを飲んでいない。食前、食後酒としてはまだしも、食中にはいささか重いという感じなのだ。そこで軽くビールを飲むか、ビノ・ヴェルディのようなさっぱりしたワインを飲む。このワインの「緑」というのには「若い」とか「フレッシュ」の意味も含まれているように、どちらかといえば、ドイツの白ワインのようなさっぱりとしたタイプのなのである。
世界全体に酒類が「軽」「薄」の傾向にある現在、これも端的な例の一つに挙げられよう。
写真はポルトのドウロ河の光景と街中で売られていたユーモラスな酒器。

 私はかつてTBSラジオで「祥一朗&栄子のミュージックシグナル」という毎週土曜日の30分番組を持っていたことがあった。その時、他の番組で通称ブンさんこと、山本文郎氏が聞き手で酒の番組に付き合ったことがある。当時は他局でもいろんなアナウンサーと付き合ったが、このブンさんは聞き手としてベストな感性を持つ人だと思った。
そのブンさんから来た年賀状には、この度、故あって引越ししたと書いてあった。それから一週間ほどして、ブンさんが73歳にして30歳年下の女性と再婚——とのニュースが流れたのには驚いた。
ブンさんとは昨年2月に前記の旭川・男山の酒蔵の蔵開きで、ばったり出会った。「どうしてここへ?」と訊いたら、「私、旭川の観光大使なんですよ」という。そんな話を雑誌のエッセイにも書いたが、ブンさんはいい日本酒党でもある。73歳にして結婚のブンさんに幸あれ!この人など名誉きき酒師の資格は十分だと思われるが、どんなものだろう。

 第27回の長期熟成酒研究グループの勉強会が2月23日に日本外国人特派員協会で開かれた。今後は「熟成古酒」に名称を決めた。
事務局顧問の本郷信郎氏、下越酒造の佐藤俊一氏、㈲亀井の伊藤淳氏などが講師となった勉強会の後、持ち寄られた51点の熟成酒と自家熟成ことMY古酒(下記)や貴重vintage酒(下記)の18点が披露された。
私は乾杯の音頭を頼まれたので同会が発足して間もない頃に訪ねたダルマ正宗が千石の造りで千石を超える貯酒があった話などを添えたが、まさに年月の重みである。
当会は22年目になるが、出品の中には奥の松・純米20年、麗人・純米20年、百楽門・本醸造20年、ダルマ正宗・純米24年、初孫・純米24年、甲子正宗・大吟26年など歳月を重ねたものもあった。「吐き」が用意されていても吐く気になれず、ついぞ飲み過ぎたがこれらの酒は量を過ごしても悪酔いすることがないからいい。

 ここにある25蔵は表示の通り昨年12月23日から3月9日までの間に酒蔵を開放したところである。一日に一蔵ずつ、祝日か土曜日曜のいずれかに行なわれているのは、近鉄がその沿線にある酒蔵を見学してもらうように組み立てたスケジュールだからである。
近鉄利用だから見学の間に飲酒運転の心配はない。蔵元にとっても宣伝になるし、土産用の酒も買ってもらえる。このようなシステムはこれからもますます増えるのではないだろうか。

 私の自宅から最寄りの小田急線・成城学園前駅にある酒売場。ここの店頭に1升が9180円の伊佐美が置かれている。どの程度売れているかといえば——。今年のバレンタインデーの前に10本置いて、10日後には6本が残っていた。チョコレートよりも焼酎が好きな彼氏にプレゼントするために女性が買ったようだ。話題にのりやすい購買客の一端で、自分用でなく、贈答用である。
 
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