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2008/04/04 金曜日 00:00:00 JST |
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トルコ(イメージ)

トルコ全土
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トルコは面積77万9452k㎡、首都はアンカラ。北は黒海、南は地中海、西はエーゲ海に面している。人口は7041万3958人(2006年推計)で、そのうちの97%がアジア側に、3%がヨーロッパ側に住んでいる。人口の99%がイスラム教徒でアジア民族が殆ど。
【世界の食の歴史に影響を与えた国】
トルコは食糧の自給自足が出来る世界でも数少ない国である。果物、野菜はもちろん、その地形を生かして漁業も盛んである。「ピラフ」や「ヨーグルト」という単語はもともとトルコ語であり、コムギ、オオムギの原産地もトルコである。
「コーヒー」というと真っ先にブラジルが思い浮かぶが、コーヒー文化を世界に広めたのもトルコだと言われている。1555年現在のシリア、ダマスカスにコーヒーの喫茶店が誕生したが、2号店が現在のイスタンブールの旧市街地パフタカレにできた。その後コーヒー文化はフランス、イタリア、英国にもたらされたといわれる。
トルコの、そして世界の食を変えたのが「3つの道」である。
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16世紀に世界のスパイス市場 を牛耳ったのがオスマン帝国であり、世界のスパイスは東南アジア、インドからスエズ運河を通ってトルコ領土、中でも当時の首都であったコンスタンチノープ ル(現在のイスタンブール)に集められ、原産地を隠してヨーロッパへ送った。このルートは「スパイスの道」と呼ばれ、スパイスの伝道はヨーロッパの食生活 を変えたと言われている。クミンシード、コリアンダーシード、胡椒、シナモン、マスタード、ミント、ハーブ類など、多種多様なスパイス、ハーブ類は現在も トルコ料理に使用され、世界最大級のスパイスマーケットもある。
現 在のトルコの主要な食材の殆どは中央アジアを通ってきたものである。現在トルコ人の生活に欠かすことの出来ないお茶は、もともと中国の雲南省が発祥の地。 その茶葉が北上してモンゴル、ロシアに渡り、カスピ海を通ってコーカサス、トルコ黒海沿岸まで入ってきた。その茶葉が通った道は「お茶の道(チャイの 道)」と呼ばれる。
そして権力を誇った王が中国や日本から取り寄せた磁器、陶器はシルクロードを通って宮殿へと運ばれた。 |

マーケットにならぶスパイス

茶摘み
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【日本との関係】
明治23 年トルコ軍艦が日本領域で沈没、生存者が届けを出して彼らを通じての国交が始まった。トルコ語と日本語の文法が似ていることもあり(主語+述語と語順が同 じところなど)、日本語を学ぶ学生も非常に多い。経済的な憧れも強く、トルコの学生が訪問したい国のNo.1に日本が挙げられるなど非常に親日的な国であ る。
さくらんぼはトルコ黒海沿岸のギレスンというところで発祥した果物だが、それが西に渡り、ギリシア、イタリア、スペインと伝わり、アメリカを通って、明治年間に日本の山形県に入ってきた経緯がある。
ま た、絶大な力を誇ったオスマン帝国歴代の王の食卓を飾ったのが、日本の伊万里、久谷といった伝統的な焼き物であった。未知の国の食器を使うことによって関 係者が毒を盛ったりするのを防ぐ目的があったと言われている。現在もイスタンブールのトプカプ宮殿にはそれらの食器、陶器が展示されている。
現在特に都会では、ヨーロッパスタイルのテーブルで食事を取る家庭が多いが、伝統的なトルコ人の家庭には(現在も田舎では)日本のちゃぶ台と同じような低いテーブルがあり、床にじゅうたんを敷いて胡坐をかいて食べるなど、日本の伝統的な文化との共通点も多い。
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