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3月 03 2008
Vol.1ビールの歴史 世界編 プリント
2008/03/03 月曜日 00:00:00 JST
英語ではビア(beer)とエール(ale)の2種類の言葉があり、それぞれの起源が異なる。aleはインド・ヨーロッパ祖語のalu(「酔う」「魔術的な」など)、beerはラテン語のbibere(「飲む」)が起源といわれる。かつてはホップを入れて香り付けされたものをbeer、ホップを入れないものをaleと区別したが、それより以前はビアとは今のサイダーを指したという説もある。 ワインと同じくらい、場合によってはワイン以上に世界中の人々に愛飲されるビールの歴史は古く、一説では5000年前にさかのぼる。メソポタミア(現在のイランあたり)ではシュメール人が大麦を使ってビールの原型を作ったという。ちなみにシュメール人はワインの製法も発見している。紀元前3000年頃には古代エジプトにビールの製法が伝わった。
古代エジプトのビール造り

これら古代オリエントのビールは、麦芽を乾燥させて粉末にしたものを水で練って焼き、パンのようにしてからこれを水に浸してふやかし、麦芽の酵素で糖化を進行させてアルコール発酵させたものであった。

大麦はそのままでは小麦のように製粉することは難しいが、いったん麦芽にしてから乾燥させると容易に砕け、消化も良くなる。つまり、ビールは製粉が難しく消化のよくない大麦を消化の良い麦芽パンにする技術から派生して誕生したものだと考えられている。
穀類を豊富に製造したメソポタミアやエジプトでは、ビールとはパンから派生した、食物に非常に近い日常飲料であった。古代エジプトのパピルス文書には、王墓建設の職人たちへの食糧としてビールが配給されたと記録されている。


北方のケルト人やゲルマン人の間では、麦芽の粉末をそのまま湯に浸して糖化、アルコール醗酵させる醸造法が開発された。古代オリエントのビールが食物から派生した日常の物であったのに対し、彼らにとっては、穀物の収穫祭などハレの日の特別な飲料として造られる傾向にあった。

また古代ローマにもエジプト、ケルト人経由と両側からビールが伝わったが、ワインが盛んだったかの地では野蛮人の飲み物と見なされ、広まらなかった。そもそもワインも、固いパンを食べやすくするためのぶどうジュースの長期保存飲料としてとらえられており、酔うために飲むのは不作法、水で割って飲むのが文明人の作法とされていた。そのため、ハレの場でビールを飲んで泥酔するようになった北方種族の文化は、文明人と誇りの高かったローマ、ギリシアの人々にとっては軽蔑の対象となっていたという。


大麦

 
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