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4月 28 2008
Vol.3コーヒーの栽培の歴史 プリント
2008/04/28 月曜日 19:13:00 JST

コーヒーの花 

栽培の歴史

コーヒーは、エチオピアのアビシニア高原が原産であり、発見当初はエチオピアやイエメンで自生しているコーヒーノキが用いられていた。13世紀に入りメッカへの巡礼者が宗教儀礼に用いるために密かに自国に持ち帰り、イスラム圏全域で栽培が行われるようになった。1600年にはインド西部にも苗木が伝えられた。

17世紀のヨーロッパでの流行によって、ヨーロッパ諸国が植民地でのコーヒー栽培に取り組みはじめた。

1658 年オランダがセイロンで少量を栽培し、1700年にはジャワでの大量栽培に成功した。1723年、フランスの海兵隊士官のド・クリューがフランス領西イン ド諸島に苗木を持ち込み、少量の栽培に成功。これが南米のコーヒーノキの起源になった。ブラジルには1727年にフランス領ギアナで試験栽培されていた苗 木が密かに持ち込まれて栽培されたのが最初とされる。

イギリス・フランス・オランダの東インド会社はこぞってイエメンからの輸入取引を始める。コーヒーの積み出しが行われたイエメンの小さな港の「モカ」が最初のコーヒーブランドにもなった。

そ の後オランダ東インド会社はセイロン・ジャワで生産したコーヒーを一旦、イエメンに持ち込む。ここで大ブランドになったモカの価格を調査して、それより安 い値段でヨーロッパに持ち込む。この低価格戦略が功を奏し、オランダはコーヒー取引を独占するようになっていった。

ただし、セイロンのコーヒーはその後サ ビ病が蔓延して全滅。その後は茶葉の生産拠点となり現在に至っている。

オランダの動きにともない、イギリス東インド会社は、その後コーヒーから中国茶の取 引に重点を移していった。

コーヒーの木

1725年頃からコーヒー栽培が始まったブラジルでは、18世紀末にはプランテーションによる本格的な商業生産が行われた。独立後のブラジルはコーヒー生産で発展したといっても過言ではない。1850年代にはコーヒーの世界生産に占めるブラジル産の割合は50%を越えていた。現在でもブラジルは世界最大のコーヒー生産量を維持している。1825年には南米からハワイへ持ち込まれ、東アフリカには1900年頃、イギリス・ドイツの手で持ち込まれ栽培が始まった。日本では、昭和初期から太平洋戦争後に台湾、沖縄、小笠原で栽培の可能性が試されたが、いずれも大量生産には成功していない。



 
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