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2008/04/04 金曜日 00:00:00 JST |
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旧オランダ東インド会社の建物

ウィーンのカフェ・ツェントラル

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欧米の歴史
地中海を渡る盛んな人の行き来により、16世紀末にはヨーロッパに伝播していく。1602年にはローマに持ち込まれたが、このときすでに「coffee」と呼ばれていたという。初めは健康に悪い等といわれたが、その飲用は次第に広まっていった。1615年にはヴェネツィアに伝わり、フィレンツェなどにコーヒーを飲ませる「カフェ」や「コーヒー・ハウス」ができ、上流階級から中流階級へと広まっていった。
1618年のオランダ、1644年にマルセイユ、1674年にはスウェーデンと伝播していった。1683年、オスマン帝国による第二次ウィーン包囲が失敗に終わった際、コシルツキーがオスマン軍が放棄した物資の中から発見されたコーヒー豆を手に入れたことでこの頃よりオーストリアにコーヒーが広まっていく。
フランスでは1669年駐トルコ大使がルイ14世に献上したことがきっかけになって上流社会で流行し、さらに一般民衆にも広まって街角に多くのカフェが作られた。
1641年イギリスに伝わり、1650年にはオックスフォードに最初のコーヒーハウスがオープンしている。17世紀、イギリスではコーヒーがブームとなり、ロンドンを中心にコーヒーハウスが社交や議論、情報交換の場として隆盛を極めた。コーヒー・ハウスは上流階級の溜まり場となり、イギリス王立科学院もここから発祥したという。またコーヒー・ハウスは女人禁制だったため、女性を中心に反対運動が発生したこともあった。この頃ロンドンには2000軒から8000軒のコーヒー・ハウスがあったと伝えられており、ロイド保険組合の前身もコーヒーハウスである。このイギリスのコーヒーハウスの隆盛は紅茶の普及により廃れる18世紀半ばまで続いた。
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プロイセン王国では1777年、フ リードリヒ2世がコーヒー禁止令を出している。これはコーヒーの効能の是非とは関係なく、海外貿易の収支や国内産業の育成などが背景にあり、同時にビール 推奨令が出されている。さらに1781年からはコーヒーの焙煎は許可制となり貴族や司祭などが独占することとなった。
北米には、1668年 ヨーロッパの移民によって伝わった。1698年にニューヨークでコーヒー・ハウスがオープンしている。アメリカ東海岸でもイギリスと同様に紅茶が主流と なっていくが、イギリスが茶に重税を課したため、イギリスに反発し、代用としてコーヒーの輸入が急増した。これがアメリカのコーヒー文化が主流となるきっ かけとも言われている。
ヨーロッパに伝播した当初は、焙煎した豆を煮出して上澄みだけを飲むトルココーヒー式の淹れ方が一般的であったが、1711 年、フランスで布で濾す方法が開発された。19世紀初めには、布ドリップの原型、コーヒーサイフォンが開発され、フランスとイギリスで普及した。20世紀 初めには、エスプレッソマシンがイタリアで開発されてヨーロッパ全土に広まり、さらにはアメリカ、日本など世界中に普及した。
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スターバックス1号店(シアトル)

直火式エスプレッソマシン
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